三 八幡大菩薩が顕現する 四(732年) 行基が山崎橋を造る 五 大仏の鋳造が行われる 天平聖暦に仁王会が始まり、大安寺が建立される 天平5年に大仏鋳造の準備が始まったとする独自の伝承、あるいは国分寺建立の詔(天平13年)の先駆けとしての記述です。
二 三 四 五 善無畏三蔵(ぜんむい・サンスクリット名 Śubhakarasiṁha)が入滅する 六 一切経をもたらす 七 三嶋大明神が府中に初めて顕現する 八 九 菩薩の位にある僧正が来着する 十 十一 十二
十三 金剛智(こんごうち)三蔵僧が入滅する。
十四 十二月三日、右大臣・橘諸顕(たちばなのもろあき)を勅使として 天照大神へ祈願を申し上げたところ、神託が新たに下り、 その後十七年八月二十三日、 大和国宗塞(むねせ)郡・金里において、 初めて東大寺の「神作(しんさく/神造の仏像)」を制作することとなる。 さらに十九季(十九年)九月二十九日には、大仏を鋳造する。 その後二年が過ぎ、十六丈三尺五寸の金銅の像を磨き仕上げた。
十五 十六 十七 十八 十九
二十 大仏供養の儀式において、三論宗(さんろんしゅう)の法相(ほっそう)が渡来する。 天宝勝宝の頃、聖武天皇の皇子が治政十年であり、 この時代は孝謙天皇の御代でもある。
二(750年) 二月、行基菩薩が入滅される。御年八十。 三 有作宮(ありさくのみや)を造営し始める。 |