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勝山記 71-72

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勝山記 71-72

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No.9337 勝山記 71-72

投稿日:2025年11月27日23時21分

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投稿者:冨士御室浅間神社 場所: 作成日:2015年12月16日16:48 勝山記
作品データ:Canon-Canon-PowerShot-G1-X / 15.1mm(35mm:) / F5.6 S1/50
合戦〔上杉朝良対山内上杉顕定〕駿河平ニ伊豆ノ国勢向テ伊豆
勢マクル也、経木ヲ取テ数ス、四万人打
死スル也、此年冬サムキ事不及言説此
海モ少モアク処無シ、大飢饉、百分千分
言説ニ不及、馬人死ル事無限、賣買ハ
米ハ七十、粟ハ六十、ヒユハ五十文大豆六十文
                モミ六十文
〇永正三季 丙寅
 此年春ハ賣買去年ノ冬ヨリモ尚ヲ
 高直也、秋ツクリハ悉ク吉シ、但シ春ノツマリニ
 秋吉ケレモ、物モツクラヌ者イヨイヨ明ル年
 春マテモ貧ナリ、此年半ノ此ヨリモ、年号
 賛ルナリ、此年冬雪フラス乄アタタカナル
 事先代ニモカヨウナル事無之海モコヲラス

〇永正四年
 弥勒二季 丁卯 此年當国ノ守護殿〔武田五郎信縄〕、

 五郎殿御死去、又御本寺鐘ヲツキヨ子ノ
 岩見守ヨリ記進至候、此人ノ母ノ三十三年ノ、
 為ニ六十六部ノ写経供養、二月ヒカンニ門
 徒ノ衆中誂、九字宛之頓写眼ヲ驚
             供人候也

〇永正五年 戊辰
 此年世間富貴言説ニツクシカタシ
 一国二国ナラス、日本国賣買ヤソシ此年
 常在寺ノ日運正月十日死去、此年大雨
 シキリニ乄作毛言語道断悪シ、當山
 室ノ宮ツクリ、取持チ、小林尾張入道殿諸
 国出テ前代未聞事也、此年十月四日
 武田八郎殿〔彦三郎信恵〕同子息弥九郎殿珍宝丸
 打レサセ玉フ也、此年ノ十月十日国坊
 常在寺へ移リ住居ス、此年ハ秋作ハ悉ク
 悪シ、此極月五日ニ国中ニテ合戦御座候
画像管理者勝山記からコメント

合戦〔上杉朝良 対 山内上杉顕定〕、駿河平に伊豆の国勢が向かい、伊豆
勢が巻き返した。経木を取って数えると、四万人が討ち
死にした。この年の冬は寒さが言い尽くせず、この
海も少しも明く所がなかった。大飢饉で、百・千をもって
言い表せず、馬や人が死ぬことが限りなかった。売買は
米は七十、粟は六十、稗は五十文、大豆は六十文
                籾は六十文
〇永正三季 丙寅
 この年の春は売買が、去年の冬よりもなお
 高値であった。秋の作りはことごとく良かった。
 ただし春の行き詰まりに、秋は良くとも、物を
 作らぬ者はいよいよ翌年の春まで
 貧しかった。この年の半ばよりも、年号が
 用いられた。この年は冬に雪が降らず、
 きわめて暖かく、先代にもこのようなことはなく、
 海も凍らなかった。
〇永正四年
 弥勒二季 丁卯 この年、当国の守護殿〔武田五郎信縄〕
 五郎殿が死去された。また御本寺の鐘を突き、
 岩見守より記進が至った。この人の母の
 三十三年のために、六十六部の写経供養を行い、
 二月の彼岸に門徒衆中が誂え、
 九字ずつの頓写は眼を驚かせる
             供人であった。
〇永正五年 戊辰
 この年、世間は富貴で言い尽くせなかった。
 一国二国に限らず、日本国の売買は安かった。
 この年、常在寺の日運が正月十日に死去された。
 この年は大雨がしきりで、作物は言語道断に
 悪かった。当山の室の宮の造りを取り持ち、
 小林尾張入道殿が諸国へ出たことは
 前代未聞であった。この年十月四日、
 武田八郎殿〔彦三郎信恵〕と、その子息
 弥九郎殿・珍宝丸が討たれた。
 この年十月十日、国坊は
 常在寺へ移り住んだ。この年は秋作がことごとく
 悪く、極月五日に国中で合戦があった。
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