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勝山記 79-80

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勝山記 79-80

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No.9341 勝山記 79-80

投稿日:2025年11月27日23時22分

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投稿者:冨士御室浅間神社 場所: 作成日:2015年12月16日16:50 勝山記
作品データ:Canon-Canon-PowerShot-G1-X / 15.1mm(35mm:) / F5.6 S1/50
 聽テ此年夏中百日ノ間別當様御一人
 メサレテ御弘通アリ、所願成就無障碍云

〇永正十三年 丙子
 此年モ春ヨリツマル事無限、殊ニ大麦高シ
 三升五合ノ賣買ナリ、未タ大井殿ト
 御屋形様ノ取合弥ヨ強盛ナリ駿河ト
 此国ノ取合未タ不息、米ハ八百文粟ハ賣
 買無シ、大豆六十、小豆七十文也、自他国ノ
 路次堅固ニフサカリ未アカス、銭ヲヱル事
 弥ヨ、此年ノ七月十二日未ノ尅振動至候
 アクル十三日マテ九度動ス、此年極月廿六日
 巳尅ニ西海右近と平八マテ兄弟三人
 大石与五郎殿モ打タルヽナリ、サル間
 宮内丞殿、同ク廿九日ニ出陳アルナリ
 其後日々合戦〆地下ハ皆々ウノ嶋ニテ
 越年サレモ日々ノ合戦ニ吉田ノ城ヲ責ルニ

 城方〆テヲ取リ、漸ク年モ賛ルナリ

〇永正十四季 丁丑
 此年正月一日小林尾張入道殿荒
 蔵へ出陳シ玉フ、然間正月二日ヨリ
 城ヲ責ル事強盛ニテツイニ正月十二日
 夜引申シ候、サル間先方ツイニ切リ勝テ
 吉田自他国一和ニ定ナリ、此年極月
 十五(日)ヨリ三日雨候テ、前後雪降リ積リ
 己上四尺五寸降リ候、鳥ケタ物自ラ
 ハミ物無ニ依テ、皆々餓死ス、言語道断
 深雪ニシテ四方路次悉クフサカル、此年ハ賣
 買何ニモヨシ、

〇永正十五季 戊寅
 此年六月一日ノ襌定ニアラシ以ノ外ニ

画像管理者勝山記からコメント

 聞いて、この年の夏中、百日の間、別当様お一人が
 召されて御弘通があり、所願は成就し、障碍なしという

〇永正十三年 丙子
 この年も春より行き詰まることが限りなく、殊に大麦が高く
 三升五合の売買であった。いまだ大井殿と
 御屋形様との取り合いは、いよいよ強盛であり、駿河と
 この国との争いは、いまだ息まず、米は八百文、粟は売
 買が無く、大豆は六十文、小豆は七十文であった。他国からの
 路次は堅固に塞がれ、いまだ開かず、銭を得ることは
 いよいよ難しかった。この年七月十二日、未の刻に振動があり、
 明くる十三日まで九度動いた。この年極月二十六日、
 巳の刻に西海右近と平八まで兄弟三人、
 大石与五郎殿も討たれた。その間、
 宮内丞殿が、同じく二十九日に出陣された。
 その後、日々合戦が続き、地下は皆、ウノ嶋にて
 越年されたが、日々の合戦で吉田の城を攻めるに、

 城方が締めて手を取り、ようやく年号も用いられた

〇永正十四季 丁丑
 この年正月一日、小林尾張入道殿が荒
 蔵[新倉]へ出陣された。しかるに正月二日より
 城を攻めることが強盛となり、ついに正月十二日の
 夜に引き退いた。その間、先方がついに切り勝ち、
 吉田は自他国ともに一和に定まった。この年極月
 十五日より三日雨が降り、その前後に雪が降り積もり、
 以上、四尺五寸降った。鳥や獣は自ら
 食む物が無いため、皆が餓死し、言語道断であった。
 深雪となり、四方の路次はことごとく塞がれた。この年は売
 買は何事も良かった。

〇永正十五季 戊寅
 この年六月一日の禅定に、嵐がこの上なく起こり、
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