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勝山記 97-98

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勝山記 97-98

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No.9350 勝山記 97-98

投稿日:2025年11月27日23時24分

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投稿者:冨士御室浅間神社 場所: 作成日:2015年12月16日16:55 勝山記
作品データ:Canon-Canon-PowerShot-G1-X / 15.1mm(35mm:) / F5.6 S1/60
 頼ミ被食候テ、(須玉町江草)浦ヱコモリ被食レ去程ニ
 一国ヲヨセテ浦ノ城ヲセメ被食候サレトモ
 ツイニ浦ノ信本劣ケ被食候テ、屋形ヱ
 カウサン御申候、去間城ヲ屋形へハタシ御申候テ
 ヒサシタニ御ツメ被食候、一国御無為ニナリ候、此ノ
 年ノ八月九月両月東ニ当テ星シ
 モユ候、餘リノ不思議サニカキツケ候、此年ノ十月
 某シ部屋ヲ建立致シ候、此ノ年ムケカウ宗(無碍光)ヲ
 タイシメサレ候テ年号ヲ賛イ被食候、此ノ年
 小山田越中守殿上様御死去被食候、
 去間此年中、屋村へ御越候テ、新屋敷ヲ
 御立候、軈而成就被成候、御上意御ハタマシニ
 御越被食候、一家国人皆々御越候
 此ノ年熊野奈良ヲモムケカウ宗焼き申候

○天文二年癸巳
 此ノ年ノ春ハ此方福貴ス、武田殿御所
 焼ケ申候、小山田殿ハ七十ツホノ家ヲ
 御作リ国中へ越被食候、此ノ年貳月
 サルハシ焼申候、同ク四ケ市ハモ焼ケ申候
 此年三月十六日夜上吉田皆焼申候
 常行寺ハノコリ申候、是ハ仏力ト存候
 此年賣買此方ハヤソシ、大原ノ海ノヒル
 事無限、此年五月六月七月八月マテ
 大雨フリ候テカウサク悪シ、吉物ハソハニテ
 其ノ余ハイツレモ悪シ、サレトモ賣買ハ
 ヤソシ、銭ケカチニテ御座候テ此ノ年屋村焼候
 此年武田殿(晴信)河越殿(上杉朝興)息女ヲムカイ
                     御申候
画像管理者勝山記からコメント

 頼まれて討たれ、須玉町江草にて浦へ籠もらされたところ、
 一国を寄せて浦の城を攻められた。しかしついに
 浦の信本は劣勢となり、屋形へ降参を申し出た。
 そのため城を屋形へ渡し、久しく詰められ、
 一国は御無為となった。この年八月・九月の両月、
 東に向かって星が燃えた。あまりの不思議さに書き付けた。
 この年十月、某は部屋を建立した。この年、
 無碍光宗を退治されて年号が改められた。
 この年、小山田越中守殿の上様が死去された。
 そのためこの年中、屋村へ移られて新屋敷を
 建てられ、やがて成就した。御上意により
 御旗のもとへ越され、一家・国人は皆越した。
 この年、熊野・奈良も無碍光宗が焼いた。

○天文二年 癸巳
 この年の春はこの方は福貴であった。武田殿の御所が
 焼けた。小山田殿は七十坪の家を作り、
 国中へ移られた。この年二月、
 猿橋が焼け、同じく四ケ市も焼けた。
 この年三月十六日の夜、上吉田は皆焼け、
 常行寺のみが残った。これは仏力によるものと存じた。
 この年、売買はこの方では安く、大原の海が干ることが
 限りなかった。この年五月・六月・七月・八月まで
 大雨が降り、耕作は悪く、良い作物は蕎麦のみで、
 そのほかはいずれも悪かった。それでも売買は
 安く、銭欠ちであったため、この年屋村は焼けた。
 この年、武田殿〔晴信〕は河越殿〔上杉朝興〕の
 息女を迎えられた。
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