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勝山記 99-100

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No.9351 勝山記 99-100

投稿日:2025年11月27日23時24分

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投稿者:冨士御室浅間神社 場所: 作成日:2015年12月16日16:55 勝山記
作品データ:Canon-Canon-PowerShot-G1-X / 15.1mm(35mm:) / F5.6 S1/60
 御トモノ衆中々申無計候、此年下吉田
 方々渡辺庄左衛門殿ト水サタ御座候
 色々ニセキヲヲトシツヲトサレツ被食候
 去程ニ小山田殿アカリ申候、色々
 様々ノサタ候へ共ツイニハ下吉田勝チ候

○天文三年甲午
 此ノ年正月壬月ニテ候、此ノ春言語道断
 餓死至候テ、人々ツマル事無限、次ニ疫病
 ハヤリ候テ皆々ヤミ申候、サレトモ賣買一切ヤソシ
 銭ケカチニテ御座候、此年ノ大麦ハ十分ニ越テ
 能ク候、此ノ年ハ始ノ年八月ヨリ明ル年ノ
 四月マテワラビヲホリ候テ、皆ナ身命ツキ候
 此ノ年ノ秋キ世ノ中十分ニ御座候ヲ風吹候テ

 三ケ一ノ世ノ中ト、十分(ヒヒ)候申サレトモ米、ハ三升小豆
 四升、其ノ余ハイツレモ売買ヤソシ、此年
 御本寺ヨリ、西連院御越候テ、本堂ノ
 フキイタヲ、クワチン被成候、去ル間百駄
 御座候、此年五月ヨリ七月マテイキル事
 無限、此ノ年霜月當国ノ屋形源太郎殿(晴信)
 上様河越ヨリ御越候テ、一年御座候テ、クワイ
 ニン被食、死去メサレ候、此年ハ雪モ一向
 フラス

○天文四年乙未
 此年正月ヨリタンキニ御座候、貳月大風
 吹候テ、皆家ヲソンサシ申候、此年ノ正月四日
 夜、モリノ三郎左衛門自火ニテ、三人焼死候
画像管理者勝山記からコメント

御供の衆はなかなか申し上げることもなく、この年、下吉田では
方々で渡辺庄左衛門殿と水争いがあった。
さまざまに堰を落とし、落とされることが続いた。
そのうち小山田殿が明らかに関与され、
いろいろ、さまざまな裁定があったが、ついには下吉田が勝った。

○天文三年甲午
この年は正月が閏月であった。この春は言語道断で、
餓死に至る者が多く、人々が倒れることが限りなかった。次に疫病が
流行し、皆が病んだ。されども売買はいっさい安く、
銭の価値が高かった。この年の大麦は十分に実り、
よかった。この年は初めの年の八月より、明くる年の
四月まで蕨を掘り、皆が命をつないだ。
この年の秋は、世の中が十分であったところへ風が吹き、

三分の一の世となったとも、十分であったとも言われたが、
米は三升、小豆は四升、そのほかはいずれも売買が安かった。この年、
御本寺より西連院が来られ、本堂の
葺き板を、鍬賃でなされた。その間、百駄あった。
この年、五月より七月まで、生き延びることが限りなかった。
この年、霜月に当国の屋形・源太郎殿(晴信)が
上様として河越より来られ、一年おられて、
食を取られ、死去なされた。この年は雪もまったく
降らなかった。

○天文四年乙未
この年は正月より短気であった。二月に大風が
吹き、皆、家を損なった。この年の正月四日の
夜、森の三郎左衛門が失火により、三人が焼死した。
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