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勝山記 107-108

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勝山記 107-108

勝山記

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No.9356 勝山記 107-108

投稿日:2025年11月27日23時25分

表示回数:45

投稿者:冨士御室浅間神社 場所: 作成日:2015年12月16日16:58 勝山記
作品データ:Canon-Canon-PowerShot-G1-X / 15.1mm(35mm:) / F5.6 S1/60
 大木ニ打被殺、堂寺、宮悉ク吹キタヲシ申候
 地家ノ家ハ千ニ一、万ニ一、御座候、鳥リケタ物皆々
 死ニ申候、世間ノ大木ハ一本モ御座ナク候、去程ニ世
 中ノ事申ニ不及候、殊ソイ物一向無御座候、浄泉寺
 吹キタヲシ申候、取訪ノトリイヲモ吹キタヲシ申候
 取訪ノ松ヲハ一万本計ト承候、此年五月ヨリ
 武田殿信州へ取懸被食候、去程ニ弓矢ニ
 切勝被食候テ、一日ニ城ヲ三十六、ヲシヲト被食
 候ト聞ヱ候、去レ共サク(佐久)ノカヲリト申候ヲ御手ニ入レ候
 小山田殿ノ代ト〆、小林宮内助殿モ一城ヲカマヱ申候
 去間此方ノヨリコ、近時陣立シケク御座候テ皆々
 迷惑至候、此年霜月八日サルハシカゝリ申候
 「下ノ奉行實次同白洲平治郎、小山田代として」

 此ノ年七月御本寺へ参詣申候テ坊
 号ヲ給候、人数八十人計ニテ候、殊大石ヨリ
 寺ヲ買候テ當寺ヲ立テ申候、此年武
 田殿御息女様信州ノ取訪殿御前ニ
 御ナラリ候、此年鎌倉ノ若宮八幡ノ
 御遷宮、霜月十五日、伊勢新九郎
 殿氏縄ノ御本願ト申傳へ候、殊雪フラス

○天文十年 辛丑
 此年春ル餓死至候テ、人馬共ニ死ル事無限
 百年ノ内ニモ無御座候ト人々申来リ候、千死
 一生ト申候、此ノ年ノ六月十四日ニ、武田大夫(晴信)
画像管理者勝山記からコメント

大木に打たれて殺され、堂寺・宮はことごとく
吹き倒された。地家の家は千に一、万に一ほどしか
残らなかった。取り飼っていた物は皆
死んだ。世間の大木は一本も残らなかった。
さて世の中のことは言うまでもなく、
とくに添え物はまったく無かった。浄泉寺も
吹き倒され、取訪の鳥居も吹き倒された。
取訪の松は一万本ほどと聞いている。この年五月より
武田殿が信州へ攻めかかり、
その結果、弓矢で切り勝ち、
一日に城を三十六、押し落としたと
聞こえている。しかし佐久の香取と
いう所は手に入れた。
小山田殿の代として締め、小林宮内助殿も
一城を構えた。
その間、こちら側の与力が近ごろ
頻繁に陣立てし、皆たいへん
迷惑であった。この年霜月八日、
猿橋が架けられた。
「下の奉行・實次、同白洲平治郎、小山田代として」

この年七月、御本寺へ参詣し、坊号を
賜った。人数は八十人ほどであった。
とくに大石より寺を買い、当寺を
建立した。この年、武田殿の御息女が
信州の取訪殿のもとへ
入られた。この年、鎌倉の若宮八幡の
御遷宮があり、霜月十五日、伊勢新九郎
殿・氏綱の御本願と
伝えられている。とくに雪は降らなかった。

○天文十年 辛丑
この年、春より餓死に至り、人馬ともに
死ぬことが限りなかった。
百年の内にもなかったことだと
人々が言い伝えている。
千死一生と言われた。この年六月十四日、
武田大夫(晴信)
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